将棋上達への道TOP > 羽生善治五段・伝説の5二銀

羽生善治五段(当時)vs加藤一二三九段・伝説の5二銀
〜無限の空間を遮断する絶妙手〜

羽生善治五段(当時)vs加藤一二三九段・伝説の5二銀

第38回 NHK杯テレビ将棋トーナメント
1989年2月放送
先手:羽生善治五段
後手:加藤一二三九段
棋譜読み上げ:蛸島彰子女流五段
解説:米長邦雄九段、聴き手:永井英明
(肩書はいずれも当時のもの)

棋譜

▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲2五歩 △3二金 ▲7七角 △3四歩▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲7八金 △3三銀 ▲3八銀 △6二銀▲2七銀 △7四歩 ▲2六銀 △1四歩 ▲1六歩 △7三銀 ▲1五歩 △同 歩
▲同 銀 △同 香 ▲同 香 △1六歩 ▲1八歩 △4四銀 ▲2四歩 △1九角▲2七飛 △2四歩 ▲同 飛 △2三銀
▲2六飛 △3五銀 ▲5六飛 △4二玉▲3九金 △2八歩 ▲4八玉 △2四銀引 ▲1六飛 △3三桂 ▲1七桂 △6四銀
▲2七香 △1五銀 ▲同 飛 △1四香 ▲2四歩 △1五香▲2三歩成 △1七香成▲同 歩 △1八飛 ▲3二と △同 玉
▲5二銀 △4二玉 ▲6一銀不成 △2九歩成▲2八歩 △3九と▲3二金

まで67手にて羽生善治五段の勝ち

戦型:角換わり棒銀

この将棋は「天才羽生の伝説の5二銀」の対局として、実は対局後数年で既に「伝説」と化したようです。 そして対局後30年近く経った現在でも語り草になっているほどで、将棋愛好家の皆さんに対しては 今さら説明の必要がないほどではないかと思います。

現在も、この「伝説の5二銀」の対局のダイジェスト版がYou Tubeに多数アップされており、 今でも話題になっていることが分かります。

実はこの対局の行われた1989年1月は元号が昭和から平成になったばかりでした。 当時の僕は将棋は駒の動かし方が分かる程度で、何も知らなかったばかりか、この対局のことも当然知りませんでした。 僕がこの「伝説の5二銀」の対局の存在を知ったのは、1997年か98年頃で、この頃から将棋に対して興味を持つようになり、 その時に手にした「天才羽生の42手〜あなたの天分を試す次の一手」という本に、この「5二銀」が次の一手として紹介されていたことが きっかけでした。 自分の駒が1つもきいていない敵陣にポンと銀を放つ、その意表の一手。このインパクトはまさに絶大です。 解説の米長邦雄九段もこの一手に驚き、「おー、おー、おおおお、やった」とマイクの音が割れるほどの大声で叫びました。 聴き手の永井さんも「すごい手だなあ、こんなところに銀打っちゃう手があるのかな、すごいなあ」と驚いていました。 多くの人はこの手を見て、自分の目がバカになってしまったのか、羽生五段に何かとんでもない錯覚があるのではないかと、 目を疑ったのではないかと思います。 しかしこれは羽生さんの思い違いやポカではなく、まさに狙い澄ました決め手になっていました。

この対局は先手が2五歩まで伸ばした形での角換わり戦で腰掛銀模様の出だしでした。 しかし羽生五段が居玉のまま棒銀の積極策に出て、居玉のまま端を攻略するという単純極まりない攻めに打って出ました。 棒銀戦法は加藤一二三九段の専売特許というか得意中の得意戦法ですが、 その加藤一二三九段のお株を奪うかのような、先手羽生五段の棒銀の積極策に、加藤九段は意表を突かれたのではないかと思います。 この頃の若き羽生五段の序盤は現在に比べるとかなり荒っぽいですが、それだけに迫力があります。 そして攻めの鋭さもピカイチです。相手が誰であっても決してひるまずに自分の信じる道をひたすら進む、 その積極果敢な対局姿勢も瞠目すべきものがあります。 最終的に「5二銀」という鮮烈な決め手を放って快勝した羽生五段の対局を解説していたのは、 今は亡き米長邦雄永世棋聖でした。米長永世棋聖の解説もまた傑出したもので、この人の話術は誰にもまねできないほど巧みで、 引き込まれてしまいます。

ここでは、まずこのYou Tubeの動画での、解説・米長邦雄九段と聴き手の永井英明さんのやり取りを再現し、 その後、僕自身が感じたこと、この対局に対する僕自身の思いを述べたいと思います。

ここからは、解説と聴き手のやり取りの文字化バージョンをまず先に示します。

蛸島「先手7六歩、後手8四歩、先手2六歩、後手8五歩、先手2五歩」
蛸島「後手7八金」
米長「んー(笑)、加藤さんね。加藤さんらしいというのはね。これ、」
蛸島「先手7七角」
米長「3二金というのは、(3四歩として)横歩を取らせるよりは3二金の方が自然というか普通、こちらの方が実戦例は多いと思うんですね。でも横歩も取らせてみようかなというところがあるんですけどね。」
永井「はい。」
米長「だいたい考えるとね、違うこと考えるわけでしょ?」
永井「ええ、ええ。」
蛸島「先手8八銀」
米長「ですから、時間使ったから、その、考えた手を指そうかなって(いうのが)普通なんですよ。」
永井「はあ、はあ、」
米長「普通の手を指すっていうのが考えられないわけですよ。」
永井「なるほどそうですね。」
米長「加藤さんはね、長考して普通の手に戻して指す、それで平然としてるんですね、そこがどうしても分からないんですよ。」
永井「しかし、方針が決まれば」
蛸島「後手7七角成る、先手7七同じく銀、後手2二銀」
永井「この腰掛銀模様というのも最近見直されたと言いますか、若い人たちが随分指すようになってきた将棋ですね。」
蛸島「先手7八金」
米長「そうですね。」
蛸島「後手3三銀」
(この手を指したところで、米長さんが笑う)
米長「ただこれはね、今はやりの腰掛銀とは少し違うんですけど、まあ、」
蛸島「先手3八銀」
米長「これ先手飛車先が(2五に)突いてありますけどね。まあ、突いてなくてね(歩が2六にあって)。」
蛸島「後手6二銀」
米長「このまま角交換する形で、後の変化で桂馬がこちらに跳ねる(3七から2五へ)手を含みにしてやる腰掛銀が、 まあ普通、今流行りの腰掛銀なんですけど、まあ、」
(ここで羽生五段が「2七銀」と棒銀に出る)
米長「おー、おー、おー、これはね」
蛸島「先手2七銀」
米長「これは面白いね、これは驚きましたね。これ普通は腰掛銀にするんですけどね。」
永井「はあ」
米長「驚いた。」
(ここで羽生五段が顔を上げて左側を凝視した)
米長「おお、横向いた(笑)」
永井「はあ、そうですね。こっちも驚いているような(笑)」
米長「(笑)、これ本当に意表を突かれたと思いますよ、加藤さんは。」
永井「はあ、そうですか・・・」
蛸島「後手7四歩」
米長「と言いますのはね、」
永井「はい」
米長「あのー、先手の方はだいたい腰掛銀にすることが多いんですけどね」
蛸島「先手2六銀」
米長「こうやっていきなり棒銀というのは、ちょっと羽生五段としても珍しいのではないかと思うんですけれどもね。」
永井「はあ、はあ」
蛸島「後手1四歩」
永井「さあ、後手もかなり憤然として銀の出場所をなくしましたね。」
蛸島「先手1六歩」
蛸島「後手7三銀」
永井「しかしこういう戦い方は加藤九段の方が経験がものすごく」
米長「経験があってもなくても同じことですね。」
永井「ああそうですか」
(ここで羽生五段が1五歩と突っかけた)
米長「おお、これは驚きました」
蛸島「先手1五歩」
永井「これは早い、早い、早いですねー。もうためらわずですねー」
米長「これ、しかし」
蛸島「後手1五同じく歩」
米長「ここで端歩を突いて銀が出たのは珍しいと思いますよ。」
永井「はあ」
蛸島「先手1五同じく銀」
米長「この銀が出て行って戦いを起こす前にね、この(先手の)王様が(6八に)上がってみたり、こう(6九に)寄ってみたりね、 金が(5八に)上がったり、(5九に)寄ったり、色々工夫があるんですね。」
永井「はあ、はあ」
米長「ちょっと王様を動かしてからって」
蛸島「後手1五同じく香車」
蛸島「先手1五同じく香車」
米長「これで次の一手がちょっとしゃれた手が出るはずなんですね。」
永井「あ、加藤九段にですか。」
米長「ええ。」
(ここで加藤九段が1六歩と指す)
永井「ああー、なるほど、しゃれてますねー。」
米長「ここで、こういうふうに(1三に)歩を打つのはね、まず専門家の実戦例ではないですね。」
永井「ああ、そうですか。」
米長「ありえないんですね。」
永井「ありえないんですか(笑)、はあ、はあ。」
(ここで加藤九段が4四銀と指す)
永井「はあ、なるほど、香車が成ったら桂馬が逃げ出そうというわけですね。」
米長「片っ方も自信満々ですからね」
蛸島「先手2四歩」
米長「迫力ありますね、これね。取る一手なんですけどね。」
永井「そうですね。」
米長「でもね、角を(1九に)打つという手があるかもしれないですね、いきなり、でもまあ、そんなバカなことはない、」
(ここで加藤九段が1九角と打つ)
永井「ああ、打ちました」
米長「(笑)(爆笑)」
永井「そんなバカなことはないとおっしゃいましたけど」
米長「打ったよ」
永井「はあ、はあ」
蛸島「先手2七飛車」
米長「これはやっぱり棒銀の将棋では名局というか、この、歴史に残るような将棋になるかもしれませんね。」
永井「はあ、はあ」
米長「この格好で(居玉のまま)攻めた例は少ないと思うんですね。」
蛸島「後手2四歩」
蛸島「先手2四同じく飛車」
米長「飛車成らせる手はないでしょうね」
(後手加藤九段が2三銀と打つ)
永井「あ、銀を打ちましたね」
蛸島「後手2三銀」
蛸島「先手2六飛車」
蛸島「後手3五銀」
米長「んー、んー、んー、すごいなあ」
永井「全部の手がほとんど駒に当たってますからね」
米長「ええー」
蛸島「先手5六飛車」
米長「ここが問題のところなんですね。(飛車を5三に))成らせるという手もないわけじゃないんですよね、これで。」
蛸島「後手4二玉」
(ここで羽生五段が横を凝視する画面が映し出される)
米長「羽生君も時々こうちらっ、ちらっとこう、見ますけどね、色々ね、こう」
蛸島「先手3九金」
永井「こうですか。これはどっちがいい手ですか、(2八に)歩打っちゃう手と(2七に)歩を垂らす手と。」
米長「・・・(しばらく考えて)どちらもいい手じゃないですか。」
永井「ああ、そうですか。」
(ここで加藤九段が2八歩と指す)
永井「あ、じかに来ました」
蛸島「後手2八歩」
米長「うーん、まあ、だいたい、こうまあ、これ(2七歩)、プロ向きね、2七歩はプロ向き、これ(2八歩)はアマチュアという感じですけどね。」
永井「直接桂取りですからね。」
米長「直接こうやっちゃいけないことにはなっとるんですけどね。」
米長「それで、ここ(3七の地点)を防ぐとね、例えば、やりにくい手、仮にこう(4八玉)やるとしますね。」
永井「はい、はい」
米長「歩で桂馬を取るでしょ。」
永井「それで角が死にますね」
米長「金で取って角が死ぬ、ね。」
永井「はい。はい」
米長「だからここ(3七の地点)を受けると、桂は取れないということね、ここを受けさえすれば、桂は(取れない)」
永井「はい」
米長「だけどね、これ」
(ここで先手羽生五段が4八玉と米長と同じ手を指す)
米長「ああ、やった、やっぱりね。」
永井「あー、そうですか」
蛸島「先手4八玉」
蛸島「後手2四銀引く」
米長「この銀引きなんか、いかにも加藤さんらしい手ですね。手厚いんですね。」
永井「はあ、はあ」
蛸島「先手1六飛車」
蛸島「後手3三桂馬」
米長「これは素晴らしい一着ですよ。」
永井「この桂跳ねがですか。」
米長「桂跳ねが、うん」
蛸島「先手1七桂馬」
米長「逃げちゃった。さようなら、ね。」
永井「はあ、逃げちゃいましたね。」
(加藤九段が6四銀と指す)
永井「さて」
蛸島「後手6四銀」
米長「これは詰めろですよ。
永井「???・・・何の詰めろですか??盤を覗き込んで??がいっぱいの様子」
米長「こう取って(2四の銀で1五の香車を取って同飛車で1五香車と打つ)」
永井「ああ、そうか、これで飛車の横利きがなくなってる、そうですか、なるほど」
米長「これで飛車を詰ましちゃおうっていうね」
永井「そうですか、飛車の詰めろっていう」
米長「この2人(羽生さんと加藤さん)の一番のこう際立った違いというのはね。加藤さんはあのー若い頃は非常に早指しだったんですよ。 それとおしゃべりでね。有吉さんが、「ピンちゃんうるさいよ」と、そういうふうに叱ったというくらい、 早口でしゃべる少年だったらしいんですよね。」
永井「そうですか。」
米長「この羽生五段の方はね、静かでしょ。」
永井「ええ、ええ」
米長「ちょっとこう、体つきから、何となく谷川浩司と似たところありませんか」
永井「ええ、はい、そうですね。」
米長「もの静かで。それでね、この少年はうんと考える。のべつ幕なし考えるの、この人は。」
永井「はあ、はあ」
蛸島「先手2七香車」
米長「えー、(2四の銀で1五の)香車を取って、さっきのようにね、同飛車で(1四に)香車を打つとどうなるかという・・・」
蛸島「後手1五銀」
永井「ああ、そうなってきましたね」
米長「そういう永井さんの・・・質問ですけどね。」
(ここで永井さんが大盤の1四に香車を置く)
蛸島「先手1五同じく飛車」
永井「本譜もそうなってきましたですね。ここまで来たわけですけれども。」(1四に置いた香車を外して対局と進行合わせた)
米長「いやいや、それで香車を打ちますね。」
永井「はい、はい」(そして急いで1四に香車を打つ)
米長「こうやるんじゃないかと思いますね、こうかっちりと(と2四歩を打つ)」
永井「あー、それも、鋭いですねー」
米長「(この2四の歩を)銀で取ればね、(1四の香車が)取れますからね。」
永井「ええ、ええ」
米長「それで、(1五の)飛車を(香車で)取らせて、(2三歩成から3二と金)ね、」
永井「ああ、そうですか。」
(ここで先手羽生五段が米長さん指摘の2四歩を指す)
蛸島「先手2四歩」
米長「あ、おんなじ実力だ。」
永井「(笑)、さあ、どうなるんでしょう。」
米長「この間のね、新人王戦の優勝戦がありましてね、あのー、羽生対森内、ね」
永井「はい、はい、そうですね。」
米長「中盤のねじり合いのところでね、私がね、ここはこう指す、ここはこう指すとね、(ここで蛸島「後手1五香車」)手を当てたんですよ。」
永井「はい」
米長「そうしたら、控室に棋士が10人ぐらいいましてね。米長先生ね、よく羽生君とおんなじ手が当たるとね」
永井「(爆笑)」
米長「それでね(笑)、感心して褒められたんですよ。」
永井「(笑)」
米長「あれね、私、喜ぶべきなんだろうか。」
永井「(笑)」
米長「米長先生さすがだっていう」
永井「(笑)」
米長「手が当たるっていうんですね。」
永井「羽生五段と同じなら大したもんだと言われたんじゃ困りますね(笑)」
(ここで先手羽生五段が2三歩成と指す)
永井「あ、やっぱりこうですか、どんどん行きますね。」
蛸島「先手2三歩成る」
永井「しかし際どいでしょうね、飛車を渡しているんだから。」
米長「どっち優勢だと思いますか?」
永井「さあ、全然見当つきませんけど。向こうの方が僕は、飛車がある方が私は好きなんですけどね。」
米長「飛車がある方が好き?」
永井「飛車が大好きだから」
蛸島「後手1七香車成る」
米長「加藤さんも怒っているような感じで面白いですね。迫力ありますよ、やっぱりね。」
蛸島「先手1七同じく歩」
(ここで後手加藤九段が1八飛車と打つ)
米長「あー、打ったー」(そんなところに打っちゃったのか〜これは第一感、悪手ではないか、というニュアンス)
蛸島「後手1八飛車」
永井「さあ、飛車のものすごい威力が」
米長「まあ(2九歩成りと)成らしちゃダメでしょうね、これね。王手と成らして金取られちゃ」
永井「そこで成られちゃ大変ですか」
米長「大変でしょうね。」
永井「そこへ蓋をするんでしょうか。」
米長「埋めると思いますけどね。ただもう1つ手があるんですよ。もう1つの手はね、これ(2七の香車)がなければね、ここ(2七)へ (銀を)打っちゃう手があるでしょ。」
永井「ええ、はあ、はあ」
米長「それで、まず、これ(3二の金)を王手と取っちゃう、な。」
永井「はい」
米長「王様で取りますね。」
永井「はい」
蛸島「先手3二と金」
米長「そこで香車を捨てちゃう、王手と(2三香車成る)」
永井「それも王様で取りますね。」
米長「(2七に銀を置こうとして)詰みはない・・・(4一に)角を打った方がいいかもしれませんね。こう王手と。」
永井「はあ、はあ」
米長「合駒しますね」
永井「あ、ロクな駒ないですね。」
米長「で、これ(4一の角)をここへ(6三角成)」
永井「これは飛車に当たってますか。これは痛いですね。」
米長「これは(後手が)まずそうでしょう。」
永井「はい、何となく」
米長「この香の王手(2六香車)という手も」
永井「ああ、歩が(2八に)ありますからね。」
(ここで先手羽生が5二銀打つ:(伝説の5二銀))
米長「おー、おー、おおおお、やった」
蛸島「先手5二銀」
永井「すごい手がまた、これは何ですか、これ、すごい手だなあ、これ」
米長「いっぺんに終わりにしちゃおうという」
永井「あ?あんなところに銀打つ手があるんですかねー。」
米長「あー、そうか、ね。」
永井「こんなところに銀打つ手があるのかな、すごいな、何でしょう?」
米長「怖い格好なんですよね、これね。」
(後手、4二玉と指す)
米長「うーー、はっはっは・・・(笑)」
永井「すごいですねー、これは。」
永井「ちょっとすいません、何なんですか、この銀、何なんですか?」
米長「(この5二の銀を金で(飛車でも))取るでしょう?取らして(1四に)角を打とうっていうだけなんですよ。」
永井「角を、ああ」
米長「(2七に)香車がいますから(合駒が利かない)」
永井「ああ、そうか、こういくと(4二に逃げると4一金で)アウトなんですね。ああ、そうか、なるほど、ああ、そうですか、なるほど」
永井「いやあ、これは、すごい狙いなんですねー」
米長「すごい狙い」
永井「しかし、まあ、これもこう来て(4二玉で)」
米長「どうもここ(1八)に飛車を打った手がね、これがどうも加藤さんらしからぬ、ちょっと、ちょっとね。」
永井「はあ、はあ」
米長「しかし、こ、これ、(2九歩成という)王手(空き王手)っていう手が残ってますからね、ここにすごい借金を残してますからね。」
永井「そうですね。ここで(王手を)防いだんじゃ銀取られちゃうからどうやるんでしょう、怖いなあ」
米長「これ、成るか成らずかを考えてるんですね。」
永井「あ、こうですか(6三)」
米長「いやいや、(6一の金を取って)」
永井「こう取った時に成るのがいいか、成らずがいいか」
米長「成らずと取って、ここ(5二)に金を打ちましてね、飛車で取る一手でしょう」
永井「はい」
米長「バラバラっとしてから飛車を打って、あと飛車、角、金、銀、香で詰ますか」
永井「はい」
米長「成っといてね、それで次にここ(5一)に銀を打って詰ますか」
永井「はい」
米長「どっちの方がいい手か、恐らく成るんじゃないですか。」
(先手羽生、6一銀成らずと指す)
米長「成らず」
永井「成らずねー」
蛸島「先手6一銀成らず」
永井「すごい、すごい」
米長「んー、どうもなんかすごいことパウロ先生(=加藤一二三九段)も食っちゃったね、これ」
永井「すごい手ですねー」
(加藤九段が2九歩成と指す)
永井「一旦成りますけれども」
蛸島「後手、2一歩、2九歩成」
(ここで先手羽生五段がほぼノータイムで2八歩と指す)
米長「はっはっはっは、はっはっはっは(爆笑)」
永井「派手な一発が出ましたね。」
米長「うん、いい手だったねー、あそこに銀打った手はねー」
永井「あー、すごいですねー」
米長「あれ、飛車捨てた時からの読みですからね」
永井「ああ、そうですか」
(ここで後手加藤九段が3九の金を取って3九と金と指すのに合わせて)
米長「ええ、もう悔しい、もうどうとでもしてくれ(この最後の「してくれ」と3九とのタイミングが一致)。」
2人(笑)
米長「加藤さんの気持ちが分かるね。」
永井「ああ、すごい」
米長「詰みますね、これは。詰みましたね。どっちの手番でも勝ち。手番の方が」
蛸島「先手3二金」
永井「うわあ。タダが好きだなあ。ああ、そうですか、やっぱりこれも離して角打って。うわあ、驚いた」

蛸島「まで、67手にて羽生五段の勝ちでございます」

ここからはこの対局、やり取りに対する僕自身の私見です。

この動画では最後に2010年現在の羽生さんがこの対局を振り返って、絶妙のトークを繰り広げていますが、 1989年当時と2010年の羽生さんはまるで別人というくらい人相が違うように感じられます。 1989年当時の羽生さんは顔つきが恐ろしく、顔を上げて横を凝視する顔つきが「羽生睨み」という形容される所以ですが、 2010年の羽生さんは穏やかな好青年という感じで印象が全く違います。 その羽生さんが、当時のことを振り返って、「ええ、覚えてます、覚えてます」という発言を聞いて初めて、 「ああ、やっぱり同一人物なんだ」という事実を再確認するという具合でした。

先程も述べたように、この対局はリアルタイムで見ていたわけではなく、 この対局とこの「伝説の5二銀」の存在を知ったのは、1997年か98年頃、将棋に興味を持ち始めてから、大学の生協の書店にたまたま置いてあった 「天才羽生の42手〜あなたの天分を試す次の一手」という本を買ってからでした。 この本は羽生少年が小学生名人戦で優勝する決勝戦から始まり、羽生さんが七冠を達成するまでの対局の中から、 羽生マジックと呼ぶにふさわしい意外性のある次の一手が42題出題された、傑出した一冊でした。 対局の相手も小学生名人戦で決勝戦を戦った少年から、今は亡き昭和の天才棋士たちから現在も活躍している同年代のプロ棋士まで 幅広く、しかも次の一手の内容も「5二銀」のような痛快かつ鮮烈な決め手から、苦し紛れの一手、強引な仕掛け、王手に対する合駒を選ぶ受けの問題など、 特徴のある手が紹介されています。その対局相手の人生や人となりまでも紹介されていて、将棋界を知るための読み物としても傑出した1冊でした。 昭和の大棋士・故升田幸三九段とアマチュアの強豪・真剣師・小池重明氏との角落ち戦で升田幸三の妙手が紹介されていたりと、 魅力的な小話もちりばめられていて、非常に中身の濃い一冊でした。 この本は現在、絶版となっているようで、何とも惜しい限りで残念です。

この本では羽生さんが指した次の一手の42題は見開きで紹介されていて、1つ1つにタイトルが付けられています。 そのタイトルの中には「プロが誰一人予想しなかった手」というものもありました(どんな手が気になる方は是非、この本を古本屋で探してみて下さい)。 その中でこの「伝説の5二銀」も紹介されていてタイトルは確か「無限の空間を遮断する」でした。 僕は当時この局面を見て、「先手玉に対しては2九歩成の空き王手があるのに 対して、後手玉は右に広くて全く捕まりそうにもない、先手ピンチ・・・」と思ったものでした(当時の自分の棋力にもあきれますが・・・(笑))。 ヒントとしては後手2九歩成の空き王手に対しては2八歩と受ける手があって先手玉に詰みはないので、王手をかける必要はなく 詰めろをかければ一手勝ちになる、問題はその詰めろのかけ方、ということが書かれていました。 ちょっとヒントを与えすぎではないか、とか「無限の空間を遮断する」というタイトル自体も大きなヒントになっている点が ややどうかとは思いますが、このヒントを与えられても、正解できた人は少ないのではないかと思います。 実はこのヒントを見るまでは、「2九歩成」の空き王手にどう受けたらいいんだろう、空き王手は気持ち悪いなあ、と思っていました。 しかし羽生五段はこの手に対する受け方を確実に読み、一手勝ちを読み切った上で、必殺の一手を放ちます。それがこの「5二銀」でした。 この「5二銀」の意味は一言で言えば「逃げ道封鎖」です。後手の駒で5二に効いている駒は金と飛車ですが、どちらで取っても5二の地点が埋まり、 なおかつ4一の地点への効きがないため、1四角の王手に対して4二玉と寄る一手に対して4一金で詰んでしまうわけです。 指されてみれば、そして解説を聞けば「盤上この一手の最善手」であることは分かるのですが、 平凡な発想では、いくら長時間考えてもこのようなタイプの手は頭に浮かんでこないと思います。 この手を持ち時間の短いNHK杯将棋トーナメントで指したことに大きな意義があると思います。

「天才羽生の42手」という本の中では、この手を当てた場合の加点ポイントは満点ではなかったと記憶しています。 というのは、仮に先手の持ち駒に飛車があって、詰将棋の問題であれば「5二飛車」と打ちたくなるところで、 これは逃げ道封鎖の捨て駒の手筋そのものだからです。詰将棋ファンも多いことを想定して、 この手は逃げ道封鎖の捨て駒による必至問題とも言えることを考えると、実は意外に「よくある手筋」とも言えるわけです。 しかし詰将棋にしても必至問題にしても、当然、創作問題であって「上手くできているけど このような局面は実戦には出てこないよなあ」という問題がほとんどですが、 まさかこの「5二銀」のような鮮やかな手が、しかもプロの実戦の局面にまるで絵に描いたように出現すること自体が奇跡的とも言えますし、 その奇跡的な局面において、非常に短い持ち時間の中で、この局面で何か決め手があるというメタ情報も与えられない状況の中で、 この一瞬のチャンスを逃さずに この「5二銀」という鮮烈な決め手を発見する辺りが、天才羽生少年の天才たる所以だったと僕は思います。

この5二銀という手を指されたとき、加藤一二三九段は飛び上がったのではないでしょうか。 飛び上がって立ち膝になって長いネクタイを締め直し、座り直してこの5二の銀をチョンチョンと触る、 この時の加藤一二三九段の心境はいかばかりかと思います。 「しまった、こんなすごい手があったのか、金でも飛車でも取ったら詰んでしまう・・・放置しても詰んでしまう・・・」 そこで苦し紛れの一手が銀の横に玉を寄る4二玉でした。 解説の米長さんはこの時点で先手羽生五段の勝ちを大方確信していながら、 「しかし、こ、これ、王手という手(2九歩成の空き王手)が残っていますからね、すごい借金をここに残していますからね」 とまだわずかに先手玉に危険が残っているというような口ぶりでした。 聴き手の永井さんも「ここで(王手を)防いだら(5二に打った)銀を取られちゃうからどうやるんでしょう、怖いなあ」と言っていましたが、 本当にここで先手が王手を防いで5二の銀を取られたら先手羽生五段の負けは確定です。 しかし羽生五段がそんな手を指すはずがありません。羽生五段はここで勝ちを読み切っていたと思います。 詰めろを受けて後手4二玉の早逃げに対して、先手6一銀不成と金を取った手も後手玉の詰めろになっていそうです。 「玉の早逃げ、八手の得」と言いますが、先手6一銀不成と金をとった手が後手玉の詰めろになっていれば、 八手どころか一手も得していない計算になります。 後手にはもうこれ以上受ける手はないですし、詰めろよりは王手が先とばかりに、後手はここで2九歩成と空き王手をします。 加藤九段の表情と手つきを見る限り、まだ勝つチャンスがわずかに残っていると思っているような雰囲気です。 後手にこの待望の一手が回ってくるまで、桂取りに後手2八歩と打ってから一体どれだけの月日(大げさな!)が経ったでしょうか。 5二銀〜6一銀不成を指された後では、遅きに失した感がありますが、まだ勝負はどう転ぶか分からない・・・ しかし次の羽生五段の一手により先手の一手勝ちが確定します。 後手の2九不成の空き王手に対して、羽生五段は何と言うことなくノータイムで平然と「2八歩」と受けました。 これを見て、解説の米長さんは「はっはっはっは、はっはっはっは」と爆笑してしまいました。 それまでは先手玉にわずかの危険があると思っていたところ、その手は読んでいるとばかりに平然とノータイムで「2八歩」と打った手に対して、 後手はどう応じても先手玉に王手で迫る手がなく、これをもって事実上のゲームセットとなりました。 この2八歩で後手の飛車と角が一度に遮られ、後手の飛車と角の窒息しそうな喘ぎ声が聞こえてくるようです。 たった一歩で簡単に受かってしまう、その滑稽さ、アンバランスさに米長さんは耐えかねて爆笑してしまったのだと思います。 そして解説の米長さんは「ここに空き王手の借金を残している」というコメントから「いい手だったねー、あそこに銀を打った手はねー」 と過去形、勝負ありのコメントに変わりました。 負けが確定した後手・加藤一二三九段は相当悔しかったのだと思います。 次の3九と金と金を取る手つきが敵陣の3九に穴を空けてやるというほどで本当に無念さが伝わってきます。 加藤さんは「この若造、生意気な」と羽生さんを本気で殴り飛ばしたいくらいだったのではないかと思います。 それを解説の米長さんは「ええ、もう悔しい、もうどうとてもしれくれ」と加藤さんの心境を代弁しているコメントがまた面白いです。 そして先手の手番になったとき、米長さんは「どっちの手番でも勝ち、手番の方が」というややナンセンスなコメントをしましたが、 これは後手の加藤一二三九段を気遣ってのコメントだと思います。先手は一手勝ちを読み切ってこの手順を選んだのだから、 一手違いとはいえ、この勝負は先手の羽生さんの完勝、会心譜と言ってよい内容です。 先手の最終手3二金の王手は米長さんの指摘した手よりも単純明快な一手でした。 米長さんが指摘した、5二金、同飛車、同銀成、同玉とバラバラにして飛車で王手して第一感絶対に詰みだとは思いますが、手順は読み切れないです。 後は追っていって並べて成り行き任せです。 しかし3二金は同玉と取ると1四角〜4一金で5二は金を取ったばかりの銀の効きがあるので逃げることができず 詰みになりますし、5一に逃げても5二金、同飛、同銀成、同玉、4二飛車以下簡単で短時間でも詰み上がりまで読み切れます。

ところで米長さんは「5二銀」の手は全く見えていなかったようですが、 先手羽生五段の指し方を見て、「あれは飛車を捨てた時からの読みですからね」と言っていました。 しかし本当にそうなのかは分からないです。 羽生さんにはこの「5二銀」はどの辺りから見えていたのでしょうか。 1四香車で先手の飛車を詰まして読みを打ち切っている後手の加藤一二三九段の上を行くかのごとく、 銀の頭に2四歩と打った局面からは必然的に飛車と金銀の2枚替えとなり、先手よしというくらいの計算はあったと思いますが、 ここで「5二銀」が見えていたとしたら驚愕してしまいます。

羽生さんの5二銀という鮮烈な決め手には及ばないものの、米長さんが大盤解説で指摘した、3二と、同玉、2三香成、同玉、4一角、3二合、 6三角成という手順もかなり有力で、このような手が瞬間で見えるところにも米長九段の強さが現れています。 6三角成が後手の1八の飛車に当たっているため、これでも先手の勝ちは間違いなさそうですが、 まだまだ手数はかかりそうです。

米長邦雄九段は、先手羽生五段が「5二銀」と打った後の「6一銀成らず」、 2九歩成の空き王手に対する「2八歩」という受けの手や最後67手目の「3二金」にも感心したのではないかと思います。 自分が指摘した好手を逃さず指すばかりか、自分が指摘した以上の手をどんどん指してくる羽生少年にある種の恐れを抱いたのではないかと思います。 米長九段がこの対局の解説の中で、「あ、おんなじ実力だ」と言い、 「新人王の優勝者決定戦で、控え室に10人ほどいる棋士の前で、私がここはこう指す、ここはこう指すと羽生五段の手を当てたら、 他の棋士から「米長先生、よく羽生君と同じ手が当たりますね、すごいですね」と褒められた、あれは褒められて喜ぶべきなんだろうか、 という笑い話をしていましたが、 これには僕も受けてしまいました。米長さんは話術が巧みなだけでなく、抑揚やイントネーションも人を引き付けるユーモアのセンスを持っていて、 米長さんはプロ棋士になっていなかったとしても社会の第一線で活躍していただろうと思います。 それはともかく、当時、米長さんは四冠王になるなど棋界最強の男とも言われていたほどの人です。 その米長さんが「羽生五段と同じ手を当てられるなんてすごい」と言われたのは、さしずめ横綱力士が平幕力士を破って 褒められるのと同じようなものです。 今でこそ羽生さんは棋界最強の棋士ではありますが、当時はまだ駆け出しの五段で まさかこの人が近い将来、名人どころか将棋の7つのタイトルを総なめにしてしまうなどということは誰しも予想できなかった頃のことで、 本物かどうかはまだ未知の部分が大きかったわけですから、 これは本当に笑い話です。将棋に疎い人の中にはこの動画を見て「米長さんはそれを喜ぶべきです」と真顔で言う人もいるようですが、 それは全く的外れというもので、それは米長さんに失礼極まりない愚言となります。 それはともかく、羽生五段の棋力は当時からずば抜けていて、 この1988年〜1989年にかけてのNHK杯将棋トーナメントでは、大山康晴十五世名人、加藤一二三元名人、 谷川浩司名人、中原誠前名人と歴代名人を次々になぎ倒して優勝を飾っています。 中原誠名人との決勝戦も会心譜と言ってよい素晴らしい将棋でした(解説の大山康晴十五世名人の解説も神の領域です)。 いずれ、その将棋もこのように僕自身の私見を述べる予定です。

米長さんの解説の中には、色々面白いコメントが多かったです。 序盤の「だいたい考えるとね、違うこと考えるわけでしょ? ですからー、考えたら考えた手を指そうというのが普通なんですよ。ところが加藤さんは長考して普通の手に戻して指して 平然としている、それがどうしても分からないんですよ。」というコメントがまずウケました。 加藤一二三九段は序盤の3二金と角頭を守る手にやや時間を費やしたようですが、 ここは3二金と3四歩のほぼ二択で、3二金なら角換わり戦、3四歩なら横歩取りと大まかに2つに分かれる岐路になります。 しかし横歩取りにするなら最初の4手以内に7六歩、3四歩とお互いが角筋を通す手を指すのが普通です。 7六歩、8四歩は矢倉または角換わりの出だしです。従って、加藤一二三九段が長考した場面はほぼ3二金の一手とも言えるわけです。 この手は本来ノータイムで指すべきところなのにこの一手に時間を費やしたからこそ、米長さんは笑っていたわけです。 その他、米長さんのコメントで面白かったのは、中盤の局面で後手の加藤九段が6四銀と上がったところで、 「これは詰めろですよ」というコメントです。聴き手の永井さんが「何の詰めろですか???」と、 「こんな中盤に詰めろがかかるのかな??」と言いたげな表情をしていましたが、実は「飛車の詰めろ」だったわけです。 飛車を詰ますという言い方は時々しますが、「飛車の」を省略するところが米長さんのユーモア、笑いのセンスです。 そして最後、先手羽生五段が5二銀の決め手を放った局面で「おー、おー、おおおお、やった」と マイクの音が割れるほどの大声を上げたところです。 そして最後、2九歩成の空き王手に対する「2八歩」を見て、加藤一二三九段も観念して、3九と金と指して 先手羽生に首を差し出すところで、「ええ、もう悔しい、もうどうとでもしてくれ」と後手の加藤さんの心境を 代弁したコメントは米長九段の頭の回転の速さと笑いのセンスが光っていました。 「しかしこういう戦い方は加藤九段の方が経験がものすごく(豊富)」という聴き手の永井さんのコメントに対して、 「経験があってもなくても同じことですね」とピシャリと全否定してしまうところなども、米長さんらしいというか、 僕には決して真似できないです(笑)。僕は相手の言葉は一旦受け入れるタイプなので、 「そうですね。加藤さんにとっては指し慣れた形ですからね、相手の土俵でどのような戦いを挑むのか、見ものですね」 というようなコメントをすると思います。

もう1つ、忘れてはならないのは、序盤から中盤に差し掛かり、先手が飛車先の歩を交換しようと2四歩と突っかけた瞬間、 後手が1九角と打った後の辺りで、「これは棒銀の将棋では名局というか、歴史に残るような将棋になるかもしれませんね」 と暗示的なコメントをしているのが印象的でした。本当に歴史に残るような伝説の将棋になったことを考えると、 将棋の雰囲気から何かを感じ取る米長さんの嗅覚は、天才的なものがあるのだな、とつくづく感服しました。

ところで後に加藤一二三九段がこの対局を振り返って言ったところによれば、実はこの対局で先手羽生五段の指した手では 終盤の決め手の「5二銀」を上回る手が他にも色々あったと述べていたようです。 その1つが先手の桂取りに直接2八歩と打った手に対して4八玉と玉自らで受けた手でした。 実はこの4八玉という手も、「天才羽生の42手」という本の中で「次の一手」として出題されています。 確かタイトルは「真剣白刃取りのような」だったと記憶しています。 後手2八歩は直接桂取りで、放置すると2九歩成、同金、3七角成と、桂馬を取られた上に馬まで作られてひどいことになります。 しかし米長九段が解説したように、3七の地点を受けておけば、仮に2九歩成と桂馬を取られたときに同金と取れば 角の逃げ場所がなく角がそのまま死んでしまうわけです。 問題はその3七の地点の受け方です。 米長さんは「やりにくい手(ですが)、仮に4八玉と上がったとしますね」と「仮に」ということで解説していましたが、 「だけどこれね」とその後に言葉を続けようとしていました。そこで先手羽生五段がまさに「4八玉」と指したことで、 「あーやった、やっぱりね」という言葉に変わってしまいました。 問題は米長さんが「だけどこれね」の後に何を言いたかったのか、です。 4八玉という手を「やりにくい手」としながらも受けの一例として紹介したことを考えると、 おそらく「だけどこれね、先手の金銀2枚を左側に残して、玉が戦場に近づくわけだから、やりにくい手なんですよ」 というようなことを言うつもりだったのではないかと思います。 しかし羽生五段はその「やりにくい手」を、ベテラン加藤一二三九段に対して臆することなく堂々と指したわけです。 まさに「真剣白刃取り」のような勇気ある一手です。今風に言えば「顔面受け」という形容が相応しいと思います。 加藤一二三九段もその勇気に驚き、「普通はそのようには受けてこないですよ」と言い、 羽生の勇気と強さに感嘆していたそうです。 加藤九段としてみれば「NHK杯で何回も優勝しているこの自分に対して、この若造、生意気な」くらいのことは 思ったのではないでしょうか。

加藤一二三九段がもう1つ指摘した先手羽生五段の好手は、後手1四香車の飛車取りに構わず2四歩と打った手だったようです。 これは米長邦雄九段も大盤解説で指摘していた手で「あ、おんなじ実力だ」と面白い発言をしていた、あの手です。 2四歩を同銀と取るのは打ったばかりの1四の香車がタダで取られてしまうため論外で、 必然的に飛車を取らせて2三歩成、3二とと進行することになります。 これで先手は飛車を渡しても後手の守りの金銀を取ることができ、3二と金の手は王手にもなって手番を握れるのだから、 十分採算は取れている、というより先手よしになりそうです。 加藤一二三九段はそれを見落としていたのではなく、この2四歩は気になりつつもそのようには指してこないだろう、 飛車を取っておけば大体よしとしたものだという安易な認識で指してしまったと語っていたようです。 裏を返せば、羽生五段がここまで強い人だと思っていなかったということでもあります。 後から「羽生五段がこんなに強いと分かっていたら、初めから指し方を変えていた」とも語っていたようです。 相手によって指し方を変える人と変えない人がいますが、多かれ少なかれ相手を見て指し方を変える人が多いようです。

米長邦雄九段は4人兄弟の四男で、3人の兄はいずれも東京大学に進学しています。 ご両親の頭の出来が違うのでしょうね(という僕も実は東大卒なんですが・・・)。 谷川浩司九段もお兄さんが東大に進学していますね。 以前、「俺の兄は俺よりバカだから東大に行った。おれは兄貴より頭がいいから将棋指しになった」 と言っていたのは米長さんだったでしょうか?谷川さんだったでしょうか。どちらだったか忘れてしまったので教えて下さい、 という質問をどこかで見かけたのですが、コメントの内容を見れば、どちらなのかは自明ですよね(笑)。 谷川さんはそんな毒を吐かない、温厚で至って真面目な青年でしたが、一方の米長さんは持ち前の巧みな話術を活かして、 どんどん毒を吐く、しかしその毒がまた何とも憎めない、すごいユーモアを持った偉人です。 そんな米長九段に付けられた異名が「さわやか流」でした。 しかし米長さん自身は自分の棋風を「泥沼流」と自称しています。優劣不明の局面や、やや劣勢の局面で、 勝負の行方を分からなくする泥沼に引きずり込み、そこから勝ちを見出す自らの勝負術をそのように形容していました。 米長邦雄九段は1980年代、棋界最強と言われ、順位戦は常にA級に在籍していて、幾度となく名人挑戦権を得ますが、 あと一歩のところで中原誠名人から名人を奪うことができず、毎回惜敗を続けていました。 しかし1993年に49歳で念願の名人位を奪取しました。49歳での初名人は史上最年長記録となりました。 その名人位奪取の祝賀会で米長邦雄新名人は喜びと感慨を述べるとともに、来年はあの男が私の首を取りに来る、 と言って、羽生さんを指さしたそうです。そして米長さんの予言通りとなり、米長邦雄名人の在位は1期で羽生善治新名人に その座を明け渡すこととなってしまいました。 しかし、何度も言うように名人位に1期でも在位したことがある人は将棋界に永遠に名を残すことになります。 米長邦雄さんはその後、A級から陥落すると同時に順位戦を退き、フリークラスの棋士となりましたが、 これは自らの棋力の衰えを悟っての、潔い撤退だったと思います。 日本将棋連盟の会長になり、将棋界の重鎮として活躍を続けていましたし、まだまだ元気で活躍を続けてほしかったのですが、 2012年末に米長さんの死去が報道されたときは、一瞬何かの間違いではないかと思ったほどでした。 まだ69歳と若かったですし、いつまでも元気だとばかり思っていたので、本当に突然の訃報でした。 実は、加藤さん、中原さん、米長さんの3人の中で米長さんが最も長生きするだろうというイメージがあっただけに、本当に突然のことでした。

この天才羽生の5二銀が「伝説」となったのは、米長邦雄九段の解説によるところも大きかったと思います。 このページの冒頭で紹介している動画でも、2010年に羽生さんがこの対局を振り返ってのコメントの中で、 「対局室と解説室とはかなり離れている上に、防音の厚い壁もあるので、 普通は解説室の声は聞こえないが、5二銀を打った瞬間、対局室に叫び声が聞こえてきた。 解説室の声が聞こえたのは後にも先にもあの1回だけだった」と述懐しています。 「おー、おー、おおおお、やった」という米長さんの叫び声はまさに、5二銀という鮮烈な決め手に対する評価を そのまま雄弁に物語っています。この米長さんの叫び声がこの5二銀を伝説にしたと言ってもよいくらいではないでしょうか。 もちろん、羽生さんの指した5二銀はそれ自体、これ以上ない絶妙手だったわけですが・・・。

羽生さんはこのような絶妙手が生まれる背景、メカニズムについて聞かれて、次のように語っています。 「机上の研究ではなく、実際の実戦の進行の中で自然発生的に生まれるものだ」ということです。 理論の裏付けというよりも実戦の未知の局面でその局面の最善手を発見する感覚、嗅覚というものが大切なのだと思います。

この「伝説の5二銀」はこの後も伝説として永遠に語り継がれる将棋となりそうです。

2016/10/30 第1稿

当サイトのおすすめページ
■ハム将棋は強いのか:インターネット将棋・ハム将棋について詳しく解説
■羽生善治王座王将(当時)vs中川大輔七段の大逆転・加藤一二三の名解説
■羽生善治王座五段(当時)vs加藤一二三九段・伝説の5二銀
■将棋格言集:将棋の数ある名格言を分かりやすく解説しました

将棋上達への道TOPに戻る